旅 今日も青空 元気いっぱい

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兼六園

2010/6/5
石川橋を渡って日本三大名園の一つである兼六園へ
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桂坂口より入る
今日は無料開放

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茶店通り(江戸町通り)


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噴水


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霞ヶ池


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霞ヶ池
1837年(天保8年)に掘りひろげられた池で広さ5800㎡ 池の中の島は蓬莱島といい、不老長寿をあらわしており、また亀の甲の形をしているので別名亀甲島ともいう。池に建っているのは内橋亭。
兼六園は江戸時代の代表的な大名庭園。そして、加賀歴代藩主により長い歳月をかけて形つくられてきた回遊式庭園。
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徽軫灯籠(ことじとうろう)
琴の糸を支える琴柱(ことじ)に似ているので、その名が付いたと言われている。
高さ2.67m
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七福神山
12代藩主・斉広が造営した竹沢御殿に付帯していた庭園の一部。「福寿山」と呼ばれるこの山派、曲水、築山、雪見灯籠など当時の雰囲気をそのままに伝えている。七福神になぞえた、七つの自然そのままの石を配置している。
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根上松(ねあがりのまつ)
大小40数本もの根が地上2mにまでせりあがっている。

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根上松
13代藩主前田斉泰(1822~1866)が、稚松を高い盛土にお手植えし、徐々に土を除いて根をあらわしたものと伝えられている。

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明治紀念之標
中央に日本武尊の像 左に石川県戦死尽忠碑   
1877年(明治10年)西南の役で戦死した郷土出身の将兵を祀った記念碑。銅像の身長5.5m 台石の高さ6.5m 1880年(明治13年)に建てられた。日本で最初に建てられた銅像といわれている。両脇に植えられた赤松は「手向松(たむけまつ)」と呼ばれ、当時東西両本願寺の門跡から移されたもの。
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花見橋より


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瓢池

兼六園を真弓坂口から出て
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広坂より金沢城方向
本丸南面の高石垣  鯉喉(りこう)櫓台 
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