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浜離宮恩賜庭園(特別名勝及び特別史跡)

2010/12/10
徳川将軍家の庭園
海水を引き入れた潮入の池と、ふたつの鴨場を伝え、江戸時代には、江戸城の「出城」としての機能を果たしていた徳川将軍家の庭園へ
浜離宮恩賜庭園 001
中の御門より入って  面積が25haと大変広い。   
入園料300円 65歳以上150円(小学生以下及び都内在住の中学生は無料)

浜離宮恩賜庭園 003
可美真手命(うましまでのみこと)の銅像
𩜙速日命(にぎはやのみこと)の皇子で神武天皇の東方遠征に従い、手柄をたてたといわれる軍神の銅像。1894年(明治27年)明治天皇の銀婚式を記念して陸軍省が行った懸賞募集に当選した作品。

浜離宮恩賜庭園 006



浜離宮恩賜庭園 008



浜離宮恩賜庭園 011



浜離宮恩賜庭園 015
お伝い橋
潮入の池の岸から小の字島と中島を結ぶ延長118mもある総檜造りの橋で平成9年5月架け替えられた。
浜離宮恩賜庭園 024



浜離宮恩賜庭園 025



浜離宮恩賜庭園 026
中島の御茶屋
1707年(宝永4年)にのちの6代将軍徳川家宣によって、造られて以来、将軍をはじめ御台様、公家たちが、ここで庭園の見飽きぬ眺望を堪能した休憩所。現在の建物は1983年(昭和58年)に復元。

浜離宮恩賜庭園 027



浜離宮恩賜庭園 028



浜離宮恩賜庭園 032
潮入の池  中の島の御茶屋
海水を引き入れ、潮の干満によって池の趣きを変える様式。都内にある江戸の庭園では唯一現存する海水の池。東京湾の水位の上下に従い水門を開閉し、池の水の出入りを調節している。池にはボラをはじめ、セイゴ、ハゼ、ウナギなどの海水魚が棲息している。
浜離宮恩賜庭園 035



浜離宮恩賜庭園 036



浜離宮恩賜庭園 039



浜離宮恩賜庭園 042



浜離宮恩賜庭園 043



浜離宮恩賜庭園 045



浜離宮恩賜庭園 046



浜離宮恩賜庭園 047
海手お伝い橋


浜離宮恩賜庭園 054



浜離宮恩賜庭園 059
鴨場 小覗き
庚申堂鴨場と新銭座鴨場のふたつあり、築造は、前者が1778年(安永7年)後者が1791年(寛政3年)という古いもの。鴨場の家には幾筋かの引堀を設け、小のぞきから鴨の様子をうかがいながら、稗・栗などのエサとおとりのアヒルで引掘におびきよせて、機をみて土手の陰から網ですくいとるという猟を行っていた。
浜離宮恩賜庭園 060



浜離宮恩賜庭園 061
水門
昔からこの堰で海水の出入りを調整していた。東京湾の潮の干潮を利用して池の水位を上下させ庭の趣に変化をもたせるように作られた「潮入の池」にはなくてはならないもの。
浜離宮恩賜庭園 068



浜離宮恩賜庭園 073



浜離宮恩賜庭園 074



浜離宮恩賜庭園 078
お花畑
青い網のはられたところ。春は30万本の菜の花が咲く。

浜離宮恩賜庭園 079
三百年の松
今から約300年前 1709年(宝永6年)6代将軍家宣が、庭園を大改修したとき、その偉業をたたえて植えられた松。
浜離宮恩賜庭園 085
三百年松
太い枝が低く張り出し、堂々たる姿を誇っている。

浜離宮恩賜庭園 089
大手門

浜離宮恩賜庭園
1654年(承応3年)、徳川将軍家の鷹狩場に4代将軍家綱の弟で甲府宰相の松平綱重が、海を埋め立てて甲府浜屋敷と呼ばれる別邸を建てた。その後、綱重の子、綱豊(家宣)が6代将軍になったのを契機に、この屋敷は将軍家の別邸となり、「浜御殿」と呼ばれるようになった。以来、歴代将軍によって幾度かの造園と改修工事が行われ、11代将軍家斉の時代に現在の姿の庭園が完成した。
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