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桜満開 醍醐寺

2011/4/7
京都駅から隣の山科駅 地下鉄8分で醍醐駅
醍醐駅から歩いても13分だけれど駅前にバスが止まっていたからバスで
豊臣秀吉が開いた醍醐の花見で知られる醍醐寺へ
醍醐寺 (215)
史跡 醍醐寺境内の石碑 総門


醍醐寺 (15)



醍醐寺 (16)



醍醐寺 (22)
右の門より三宝院へ
拝観料 三宝院、伽藍、霊宝館 個々では600円  共通券 2施設1000円を求めて、 
3施設は1500円
醍醐寺 (26)
大玄関
三宝院は1115年(永久3年)醍醐寺14世座主・勝覚僧正の創建。醍醐寺の本坊的な存在であり、
歴代座主が居住する坊である。現在の三宝院は、その建造物の大半を重文に指定されている。
中でも庭園全体を見渡せる表書院は、寝殿造りの様式を伝える桃山時代を代表する建造物であり、国宝。
国の特別史跡・特別名所となっている三宝院庭園は、1598年(慶長3年)豊臣秀吉が「醍醐の花見」に際して、
自ら基本設計をした庭であり、桃山時代の華やか雰囲気を伝えている。
写真は禁止 葵の間 秋草の間 勅使の間 唐門(国宝) 表書院(国宝)襖絵 
庭園はスケールが大きく豪快な雰囲気。池には亀島 鶴島 加茂の三石 藤戸石等。
醍醐寺 (28)



醍醐寺 (51)



醍醐寺 (38)



醍醐寺 (39)
憲深林苑へ


醍醐寺 (42)
憲深林苑


醍醐寺 (50)
憲深林苑


醍醐寺 (57)



醍醐寺 (59)
三宝院唐門 国宝
桃山時代のもので、三宝院の勅使門。
創建時は、門全体が黒の漆塗で菊と桐の四つの大きな紋には金箔が施されていた。
醍醐寺 (65)
西大門  通称 仁王門


醍醐寺 (172)
仁王門
1605年(慶長10年)豊臣秀頼の再建

醍醐寺 (71)   醍醐寺 (70)   仁王像
仁王像は平安後期の1134年(長承3年)、仏師勢増・仁僧の造立。

醍醐寺 (81)
清瀧宮本殿

醍醐寺 (88) 醍醐寺 (87)



醍醐寺 (89)
清瀧宮本殿
醍醐寺の鎮守社。1097年(永長2年)に、最初に建立された上醍醐より分身を移し祀った。
その後、この社殿の前で清瀧会(桜会)が行われるようになった。
現在の社殿は1517年に再建。毎年4/1~4/21 清瀧権現桜会の様々な行事の中心となっている。
醍醐寺 (84)



醍醐寺 (85)



醍醐寺 (94)
五重塔 国宝
醍醐天皇の菩提を弔うため、第一皇子・朱雀天皇が936年(承平6年)に着工し、
第二皇子・村上天皇の951年(天暦5年)に完成。高さは約38mで屋根の上の相輪は約13m。
醍醐寺 (97)
五重塔


醍醐寺 (98)
金堂 国宝


醍醐寺 (100)
金堂 
醍醐天皇の御願により926年(延長4年)に創建された。当時は釈迦堂といわれていたが、
永仁、文明年間に二度焼失した。現在の金堂は豊臣秀吉の命によって、
紀州(和歌山県)湯浅から移築が計画され、秀頼の時代、1600年(慶長5年)に完成した。
この金堂が、醍醐寺の中心のお堂であり、安置されている薬師如来像が醍醐寺の本尊である。
醍醐寺 (101)
鐘楼 


醍醐寺 (109)
不動堂・護摩道場


醍醐寺 (111)
五重塔


醍醐寺 (112)



醍醐寺 (113)
鐘楼堂


醍醐寺 (114)
大講堂


醍醐寺 (123)



醍醐寺 (125)
弁天堂
ここは紅葉の名勝

醍醐寺 (128)
弁天堂
堂内には音楽など学芸や知識の女神であるとして広く知られている弁財天(七福神の一つ)が祀られている。

醍醐寺 (131)



醍醐寺 (133)



醍醐寺 (141)
成身院・女人堂
上醍醐の登山口にあたり、昔は女性がここから山上の諸仏を拝んだことから通称「女人堂」といわれている。
現在の本堂は江戸初期の再建。ここより上に登るには入山料600円。
醍醐寺 (142)
成身院・女人堂


醍醐寺 (144)
上醍醐への登山道

ここから引き返して
醍醐寺 (146)



醍醐寺 (150)



醍醐寺 (152)



醍醐寺 (159)



醍醐寺 (163)



醍醐寺 (179)



醍醐寺 (181)



醍醐寺 (198)



醍醐寺 (201)



醍醐寺 (205)



醍醐寺 (200) 醍醐寺 (11)



醍醐寺 (210)

醍醐寺  真言宗醍醐派の総本山 世界遺産
醍醐寺は弘法大師の孫弟子、理源大師・聖宝が、874年(貞観16年)に創建した。山岳信仰の霊山であった笠取山(醍醐山)に登った聖宝は、白髪の老翁の姿で現れた地主神・横尾明神より、こんこんと水(醍醐水)が湧き出るこの山を譲り受け、准胝・如意輪の両観音を刻み、山上に祀った。それが醍醐寺の始まりである。開創後、醍醐・朱雀・村上の三代にわたる天皇の深い帰依によって山上に薬師堂、五代堂、山下に釈迦堂、法華三昧堂、五重塔などが次々に建立され、山上山下にまたがる大伽藍が完成した。山上を上醍醐、山下を下醍醐と呼んでいる。以後も、皇室をはじめ貴族や武士の支援を得て、三宝院をはじめとする諸院や種々のお堂が建立され、真言密教の中心的寺院として多くの信仰を集めている。・・・案内より
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